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東京地方裁判所 昭和62年(合わ)111号 判決

主文

被告人を懲役三年に処する。

この裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。

理由

(犯行に至る経緯)

被告人は〈中略〉昭和六一年一〇月から、東京都渋谷区〈以下省略〉所在のスカイプラザ五〇六号室(いわゆる一DKのワンルームマンションで、玄関のたたきから上がり框に引き続き台所兼食堂用の板の間となり、その奥が六畳間となつている。)に営業所兼事務所を設けて、〈中略〉女性下着販売業を営むことにし、女性下着を好む男性を対象に、新聞、雑誌等に広告を載せ、その広告を見て前記スカイプラザ五〇六号室を訪れた男性客に対し、客の選んだ下着をモデルの女性に着用させたうえで買い取らせたり、下着姿のモデルの写真を撮影させたり、モデルの着替えや入浴を手伝わせたりして、下着代金のほか、試着料、コンサルタント料、撮影料等の名目で客から金銭を受け取つていた。被告人は、当初モデルとして四人の女性を雇い入れて営業を始めたが、昭和六二年四月中旬ころには、モデルの女性が一人だけとなつてしまい、広告等により男性客が一日に十数人来ることがあつたにもかかわらず、その応対をする女性がいないため、営業ができない状態になつていた。そのため、被告人は、モデルの女性の募集に努めたが、思うように確保することができず、同年五月二六日発売の求人広告雑誌に営業の実体を秘してショップアドバイザー(女子販売スタッフ)募集などという広告を掲載したところ、翌二七日これを見た女性が七人位面接を受けに来たものの、前記のような仕事の内容を具体的に説明するや、ことごとく断られ、このままでは営業を継続することができず、家賃を支払うこともできなくなるという焦燥感を抱くに至つた。

(罪となるべき事実)

被告人は、同日午後二時四〇分ころ、右求人広告雑誌を見たA(昭和四〇年八月七日生)からアルバイトをしたい旨の電話を受け、翌二八日午前一〇時に前記スカイプラザ五〇六号室で面接を行う旨を伝えたが、その電話での話し振りなどから同女を働かせることができれば男性客相手の電話の応対などもうまくやつてくれるだろうと思え、他の応募者らとの前記のような面接の際の状況に照らし、右Aが約束どおり同室を訪ねて来たならば、同女に仕事の中味を告げる前に同女を無理矢理全裸にしてその姿態を写真に撮影し、その写真の存在や公表等を怖れる同女の性的羞恥心を利用して同女の弱味を掴むことによつて、同女に前記女性下着販売業のモデルとして働くことを承諾させようと思い立つに至つた。

そして、被告人は、右五月二八日午前一〇時一五分ころ、同女が前記スカイプラザ五〇六号室を訪れるや、強いて同女を全裸にしその姿態を写真に撮影することが同女に性的羞恥心を与え、被告人自らを男性として性的に刺激、興奮させる性的意味を有する行為であることを認識しながら、前夜思い立つたとおりあえてそのような強制わいせつの行為をしようと考え、同室において、まず同女を玄関から事務所として使用している前記板の間に招き入れ、同板の間に置かれた椅子に座るよう指示するとともに、右玄関脇のスチール製物入れに置いておいたタオル一枚を右手に持ち、椅子に座ろうとして立ち止まつた同女に対し、その背後からいきなり右タオルで同女の口を塞ぎ、左腕を同女の首に巻くようにしてその頸部を強く押さえ、また、抵抗してもがく同女とともに前方に倒れるや、同女の上に乗りかかつた形で押さえ付け、更に、同女の口からタオルが外れたのち、大声で悲鳴を上げ始めた同女の口を右手で塞いだり、その頸部を手の平で押さえ付けたりするなどの暴行を加え、強いて同女を全裸にしその姿態を写真に撮影するなどのわいせつ行為をしようとしたが、同女から被告人の右手指を噛むなどの抵抗を受け、その直後ころ、同女の悲鳴を聞き付けた隣人の連絡を受けた前記スカイプラザの管理人が訪れて来たことから被告人が同人と玄関口で応対しようとした隙に、右Aが玄関から外に逃げ出したため、強いてわいせつな行為をするに至らず、その際右暴行により、同女に対し、加療に約二〇日間を要する頸部絞傷、両鎖骨部擦過傷、両膝・両下腿打撲擦過傷の傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法一八一条(一七九条、一七六条前段)に該当するところ、所定刑中有期懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役三年に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予することとする。

(強制わいせつ致傷罪の成否について)

弁護人は、被告人が本件行為に及んだ目的は、Aを裸にし、その姿態を写真撮影することによつて、同女を被告人が経営する女性下着販売業の従業員として働かせようということにあつたのであり、被告人自身の性欲を刺激、興奮させ又は満足させようという意図は全くなかつたのであるから、強制わいせつ致傷罪は成立せず、せいぜい強要未遂罪及び傷害罪が成立するに過ぎない旨主張し、被告人も当公判廷においてこれに沿う供述をしている。

そこで検討すると、前掲「証拠の標目」挙示の各証拠によれば、

1  被告人は、判示「犯行に至る経緯」認定のとおり、女性の下着を好む男性を対象とする女性下着販売業を営んでいたが、下着を試着するなどして男性客の相手をする女性従業員の確保に苦慮していたこと

2  Aは、当時二一歳の女性であつて、被告人とは初対面の間柄であつたものの、被告人の出した求人広告を見てそれに応募するため前日に電話で面接を申し込んで来た者であつたこと

3  被告人としては、それまでの応募者らからは仕事の具体的な中味を知らせるや直ちに拒絶的な態度をとられることが多く、右Aを右女性下着販売業のモデルとして働かせるためにはかなりの工夫が必要であつたこと

4  被告人は、判示認定のとおり、現実にも同女に対し仕事の説明など一切することなく、いきなり背後から襲いかかり判示のような暴行を加えていること

5  本件犯行場所にはポラロイドカメラ及び三五ミリカメラ各一台が置いてあつたこと

などが認められる。そして、以上の各事実と、被告人の当公判廷における供述並びに検察官及び司法警察員に対する各供述調書中の本件犯行に出た際の被告人の意図に関し述べている部分とを合わせ考えれば、たしかに、本件犯行の際、被告人には、右Aを全裸にしその姿態を写真撮影することによつて、同女を被告人が営む女性下着販売業の従業員として働かせようという目的があつたことは一応肯認することができる。」

「しかし一方、」前掲「証拠の標目」挙示の各証拠を総合検討すれば、「被告人が、右のように右Aを働かせるという目的とともに、同女に対する強制わいせつの意図をも有して本件犯行に及んだことも十分肯認できるというべきである。」すなわち、右各証拠によれば、

1  右Aからすれば、初めて訪れたマンションの一室において、見ず知らずの男性の前で全裸にされ、その写真を撮られることは、若い未婚の女性としてこの上ない性的羞恥心を覚えるものであること

2  被告人は、右写真を自らの手で保管しておくときは、第三者に手渡し、その性的興味の対象として眺めさせることもでき、その意味で右Aの弱味を握つた立場に立つことができること

3  被告人は、右Aがそのような性的羞恥心を覚えるであろうことを十分認識していたのみならず、むしろそれを利用することによつて、同女を被告人の意のままに従業員として働かせようと企んだものであること

4  そのためには、逆に言えば、被告人は右Aをして被告人自身が男性の一人として性的に刺激、興奮するような状態、すなわち全裸のような状態にしなければならず(なお、被告人としても同女の裸につき性的な興味がないわけではなかつた旨、捜査段階において自認している。)、かつ、その撮影する写真も被告人自身が性的に興味を覚えるようなものでなければならなかつたこと

などが認められる。「してみると右Aを全裸にしその写真を撮る行為は、本件においては、同女を男性の性的興味の対象として扱い、同女に性的羞恥心を与えるという明らかに性的に意味のある行為、すなわちわいせつ行為であり、かつ、被告人は、そのようなわいせつ行為であることを認識しながら、換言すれば、自らを男性として性的に刺激、興奮させる性的意味を有した行為であることを認識しながら、あえてそのような行為をしようと企て、判示暴行に及んだものであることを優に認めることができる。」

したがつて、被告人の本件所為が強制わいせつ致傷罪に当たることは明らかである。

(量刑の理由)

本件は、女性の下着を好む男性客相手の女性下着販売業を営む被告人が、営業の実体を秘して求人公告を出し、それを見て二一歳の女性が応募して来たことから、同女を無理矢理従業員として働かせるため、強いて同女を全裸にしてその写真を撮影しようと考え、そのような行為が同女に性的羞恥心を与え、自らを男性として性的に刺激、興奮させる行為であることを認識しながら、あえてこれを行おうと企て、同女に判示の暴行を加えたが、同女を全裸にしてその写真を撮影することはできず、同女に判示の傷害を負わせたという事案である。

被害者は、右広告を見て健全な仕事と考え、採用面接に赴いたところ、密室であるマンションの一室において、いきなり判示の暴行を受けたもので、その恐怖感は計り知れず、負傷による身体的被害のみならず、精神的衝撃も甚大であり、本件の結果は重大である。しかも、被告人は、自己の事業を成功させて利を得るため、被害者の人格を無視し、強いて同女を全裸にしその写真を撮ることによつて、同女の弱味を握ろうとしたもので、まことに卑劣というべきであり、犯行の動機に同情の余地はない。更に、犯行の態様も、実体と異なる求人広告を出し、それを信じて電話で応募して来た被害者を被告人以外には誰もいないマンションの一室に呼び寄せたうえ犯行に及んでいるのであつて、計画的かつ巧妙である。以上の事情を考えると、被告人の刑事責任は重いといわなければならない。

ただ一方、被告人のわいせつ行為自体は、未遂に終わつており、被害者に多大な性的羞恥心を与える結果には至らなかつたこと、被害者の完全な宥恕は得られなかつたものの一応示談が成立していること、被告人には前科前歴がなく、本件犯行に及んだマンションの一室も引き払い、従来の女性下着販売業も取りやめたこと、被告人は深く本件犯行を反省しており、被告人の妻らにおいて被告人の今後の更生に協力する旨誓つていることなど被告人に有利な事情もかなり見出せる。

そこで、以上のような被告人に有利不利な一切の事情を総合考慮して前示のとおりの刑を量定し、社会内において被告人の自力による更生を期待することとし、今回に限りその刑の執行を猶予することとした次第である。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官松本時夫 裁判官服部悟 裁判官松谷佳樹)

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